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『ラ・トラヴィアータ(=『椿姫」)』は「オランピア」である。

私事で恐縮ですが、昨年春、びわ湖ホールで上演された「椿姫」プログラムの作品解説に、そんなサブタイトルをつけました。

「オランピア」とは、印象派の巨匠エドゥアール・マネの有名な裸婦画。それまで裸婦といえば、神話画や歴史画のなかで描かれるのが当然だった時代に、同時代の娼婦の裸をリアルに描いて大反響を呼んだ作品です。ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」がモデルだと言われますが、温かな幸福感と色彩に満ちたティツィアーノ作品よりはるかになまなましく、冷たい手触りの裸婦。そして、娼婦を象徴する脱げた靴や猫、黒人の小間使いが差し出すお客からの花束など、「その筋」を暗示するさまざまな記号も盛り込まれていたのでした。

『ラ・トラヴィアータ」が「オランピア」だとした意図はお分かりいただけたと思います。「ラ・トラヴィアータ」もまた、同じ意味でスキャンダラスな作品だったからです。

その「ラ・トラヴィアータ」、日本での通称「椿姫」の、パリ・オペラ座におけるライブビューイングの映像を見て、真っ先に思い出したのはこの拙稿でした。冒頭から舞台の上に置かれていた、ヒロインのパリの娼婦、ヴィオレッタの豪華なベッドの天蓋のすぐ下に、「オランピア」の絵がかかっていたからです。演出(ブノワ・ジャコ)の意図は明らかでしょう。

そのジャコ氏(映画監督として有名で、映画仕立てで製作したオペラに、アラーニャ&ゲオルギュー夫妻(当時)による「トスカ」があります)、冒頭のインタビューで、「「椿姫」はヴェルディの音楽の神髄」と語っていました。「150年前の物語ですが?』という司会役の突っ込みには「まだ古びていないし、100年後にも残るだろう。人間はそれほど賢くならないから」という答えでした。

美意識の強いジャコ氏のこと、舞台は、今時のパリ・オペラ座にしてはきわめて「正統的」です。第1幕では「ヴィオレッタの仕事場」(=ジャコ)である豪華なベッドにソファ、ゴージャスな衣装。第2幕第2場の仮面舞踏会のシーンも、大階段を大道具に、やはりゴージャスな、とはいえ黒ずくめの〜衣装のゲスト達が登場します。アルフレードがヴィオレッタを侮辱するシーンでは、舞踏会の客が大階段を埋め尽くし、仮面の下から恋人達とその周囲に冷ややかな目を注ぐ。第3幕ではヒロインがもう「現役」ではないことを示すように、ベッドのマットレスは剥がされ、オランピアの絵は壁から外されてこちらに背を向け、ヒロインは鉄パイプの粗末なベッドに寝ている。第2幕第1場の隠れ家の場面が、なぜか夜に設定され、住まいはなくて庭?の木の下、というのはちょっとユニークでしたが。

仮面舞踏会の場面で、余興のダンスを踊る闘牛士が女性ダンサー、ジプシー女が男性ダンサーだったのも面白かった。

「オランピア」関連でどきりとしたのが、アンニーナを「オランピア」に従ったのでしょう、黒人女に設定していたことです。これはなかなか、なまなましいものでした。

肝心の音楽面は、何より歌手たちの本領発揮で楽しめました。今シーズン、ヴィオレッタをミラノ、ロンドン、そしてパリ、さらにミュンヘンで歌ったダムラウ。何と今回がパリ・オペラ座デビューというのは意外ですが、ヴィオレッタのような大役、しかもパリが舞台の縁の作品、加えて「12歳の時にゼフィレッリ演出のオペラ映画で見て以来ずっと憧れていた」役柄なのですから、ソプラノ冥利につきるというもの(しかも大成功!)。7月にミュンヘンで見てきたところですが、今回のライブビューイングのほうが、気のせいか調子がよく、彼女ならではの澄んだ、のびのいいリリカルな声、完璧な技術(弱音からやや強い音までむらなく完璧、太すぎずなめらかでリリカルに響く)、そして何より豊かな表情(とくに演技)が溶け合って、「ダムラウにしか歌えないヴィオレッタ」を創造していたように思います。ひとつだけ気になったのは、これはブレス音がやたら多いのとも関係するのかもしれませんが、ミュンヘンでも感じたことですが歌も演技も「力が入り過ぎ」な印象を与えること。そのへんの力の抜き方を習得してもらえると、もっと自然で説得力のあるヴィオレッタが歌える歌手ではないでしょうか。

とはいえ、今のオペラ界で、この役にふさわしい歌唱力のある有数の歌手であることには間違いなく、カーテンコールでは怒濤のような喝采を受けていました。楽屋でのインタビューもフランス語!で受け、才媛ぶりも披露。今回のパリの演出は「正統的なプロダクションで歌いやすい。やりがいがある」とも。

次いで喝采が多かったのが、ジェルモン役のリュドヴィク・テジエ。今やフランスナンバーワンのバリトンとして歌い盛りですが、以前デセイと共演したエクサンプロヴァンス音楽祭の「椿姫」では、歌い過ぎの感がありました(2011年)。今回はその豪放さは抑えられ、よりスタイリッシュになった分、厳格な親父殿の役柄がくっきり浮き出る+の結果に。美声は相変わらずで、「プロヴァンスの海と陸」では盛大な拍手を受けていました。

アルフレード役のフランチェスコ・デムーロ。 個人的には好きです。イタリアのテノールだけあって、他の2人と比べてもディクションが明瞭でききやすい。明るい、イタリアの声というのもアルフレードらしくて好感が持てるし、演技(映画監督だけあって?アップ多し)にも工夫や没入がみられました。まあ、他の2人に比べるとややおとなしい、というか大歌手に押された感はありますが、今この役にふさわしいテノールのひとりだと思います。

指揮のイヴァン・チャンパは、以前パルマで「群盗」を聴き、テンポとデュナーミクの生きのよさに感心した指揮者。今回は歌手にあわせたのかかなりスローテンポで(大きなカットも何カ所かあったのに正味2時間半近くかかったのでは)、時折間延びしてしまうほどでした。音はきれいだし、色彩感もあるのですが、それはパリのオペラ座のオーケストラの特徴でもあるように思うので、今回は指揮者が遠慮したのか、ちょっと定かではありません。「歌手」優先の音楽作りであったことはたしかでしょう。

パリ・オペラ座ライブビューイング「椿姫」は来月10日の公開。美しい一方でところどころ仕掛けのあるプロダクション、見て損はないと思います。もちろん、ダムラウの絶唱も。

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